その日、誰かが誰かを、きっと思い出す。

いつものように同僚とランチをしていると、
食後のコーヒーと一緒にケーキが運ばれてきた。
「頼んでませんけど・・」と返そうとすると、
同僚たちから「おめでとう!」の声。
もしかして、誕生日のお祝い?覚えていてくれたの?
平日だし、とりあえずいつもと変わらない1日を過ごすつもりだったのに、
まさかお祝いをしてもらえるなんて。
思いがけないプレゼントが、素直に嬉しかった。

SNSにもメッセージが届いていた。
「最高のお誕生日を!」とか「近いうちに会おうね〜」とか。
わざわざキャンドルに火をともしてクラッカーを飛ばしてくれる動画も
あったりして、「ひま人か!」と突っ込みをいれながら大笑いもした。
子どもの頃は、ケーキやプレゼントをもらえることが
シンプルに嬉しかったし、誕生会で注目の中ろうそくの火を吹き消し、
みんなから拍手されて、主役になれるのが誇らしかった。
そして、それは誕生日ならごく当たり前のことだと思っていた。
大人になってみると、それがとても特別なことだったと気づかされる。
いつも自分を思ってくれる人がいたからこそだったんだ、と。
家に帰ってメッセージにせっせとコメントを返しながら、
ひとりひとりの顔を思い浮かべる。
いつも一緒に遊んでいる友達、懐かしい面々、つい最近出会ったばかりの人。
たまたま誕生日を知らせる通知が届いたからだったとしても、
誰もが、今日、私を思い出してくれたことに間違いはない。
そう思うだけで、妙にあったかい気持ちになった。

自分の周りにいる誰かの存在をこんなに意識する日は、ほかにないかも。
誕生日って、そんな人たちがいる喜びをかみしめる日なのかもしれない。
メッセージの中に「どんな歳にしたいですか〜」という問いかけがあった。
返信は、やっぱり「みんなと一緒に笑い合える歳」かな。

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