香りのタイムトンネル

太陽が沈んで明るさが消えかかった空に、かすかにオレンジ色がにじんでいる。
テラス席に吹く夕暮れの風に、ほんの少し涼しさを感じるようになってきた。
今日は、幼なじみと久しぶりの食事だ。
ふっと懐かしい匂いが鼻をかすめた。蚊取り線香?
その瞬間、唐突に子どもの頃の記憶がよみがえった。

8月も半ばを過ぎて、夏休みが終わりに近づいていた。
泊まりで遊びに来ていた従姉妹が帰る前日で、
最後に庭で花火をしようということになっていた。
夕方になると待ち遠しくて、私達は早々と庭に出た。
父が大量に買い込んできた花火をひとつひとつチェックしたり、
水を入れたバケツを用意したり。今か今かと夜を待った。
カナカナカナというヒグラシの声、あたりには蚊取り線香の匂いが漂っていた。
懐かしいなぁ。そのことを幼なじみに話すと、
「私も今、同じことを思い出してた」と目を丸くして、
「この匂いのせいでしょ?蚊取り線香なんて普段は焚かなかったから」と言う。
そうだ、花火をやるからと、近所に住んでいた彼女も家に呼んだのだ。
それにしても、香りの力ってスゴイ。
一瞬で、ふたりに同じ記憶をよみがえらせるなんて。
大はしゃぎの花火を締めくくったのは、線香花火。
最後の玉がぽとりと落ちると、子ども達からため息がもれた。
火薬の匂いが消えて、再び蚊取り線香の匂いが立ちこめていた。
花火ばかりでなく、あんなに楽しかった夏が終わってしまうんだという
寂しさと切なさが入りまじったため息だった。
あの夜の、キュンとした切ない気持ちまでよみがえる。

おかげで、久しぶりの再会は思い切り盛り上がった。
そういえば、今日のことも蚊取り線香の匂いで記憶されるのだろうか。
じゃあ、次にこの香りを嗅いだときには、
あの夏休みと今日の再会、どっちにタイムスリップするの?

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